黒字リストラ:日本企業の背景と戦略 (Deep Research 文書)

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昨今、日本の大企業の間で増えている「黒字経営化でのリストラ」の背景について、Gemini Deep Research にリサーチしてもらいました。
この現象については、「リストラが増えているから日本経済は不景気だ」と不安を煽る言説を吹聴している人々が少なくないですが、このレポートを読めば、実態は全く異なることがわかります。

産業界の構造改革の必要性については、以前記事に書いたことがあるので、興味があれば、以下のリンク記事を読んでみてください。

需給ギャップとGDPの関係

まずは、Deep Research のレポートを読んでみてください。

2025年に黒字リストラ(早期・希望退職募集)を実施または発表した企業には、パナソニックホールディングス、三菱電機、明治ホールディングス、オリンパスなどがあります。2025年に業績好調のなかでリストラに取り組む日本企業の事情と背景について、リサーチしてください。
わからないことは、わからないと回答してください。
ハルシネーションは避けるようにしてください。

2025年日本企業における「黒字リストラ」の構造的深層分析:人的資本経営と資本効率の狭間における戦略的転換

  1. 要約
  2. 第1章:2025年「黒字リストラ」の現象学的分析
    1. 1.1 過去のリストラ局面との質的相違
    2. 1.2 ターゲット層の明確化と「バブル世代」の出口戦略
    3. 1.3 産業セクターの広がり
  3. 第2章:構造的背景要因の深層分析
    1. 2.1 東京証券取引所による「PBR 1倍割れ」是正圧力
    2. 2.2 「ジョブ型雇用」への転換とスキルの陳腐化
    3. 2.3 インフレ定着と賃上げ原資の確保
    4. 2.4 政府による労働移動支援策
  4. 第3章:主要企業の詳細ケーススタディ
    1. 3.1 パナソニックホールディングス:コングロマリットからの脱却と「解体的出直し」
      1. 3.1.1 構造改革の特異性
      2. 3.1.2 事業ポートフォリオの再編
      3. 3.1.3 早期退職パッケージの詳細
    2. 3.2 三菱電機:最高益下での「53歳の分水嶺」
      1. 3.2.1 制度の狙いと「Innovative Company」への変革
      2. 3.2.2 世代交代の促進
    3. 3.3 オリンパス:グローバル・メドテック企業への純化
      1. 3.3.1 エビデント売却と構造改革
      2. 3.3.2 外国人CEOによる改革とガバナンス
    4. 3.4 オムロン:構造改革「NEXT 2025」の苦渋
      1. 3.4.1 固定費削減と再成長への布石
    5. 3.5 明治ホールディングス:安定企業の危機感
      1. 3.5.1 食品業界特有の事情
    6. 3.6 資生堂・コニカミノルタ・武田薬品工業の動向
  5. 第4章:黒字リストラの実務的側面と社会的影響
    1. 4.1 「数千万円」の割増退職金と税制優遇
    2. 4.2 労働組合の反応と労使関係の変化
    3. 4.3 「45歳定年制」的実態の到来
  6. 第5章:結論と展望 – 「攻めの構造改革」の成否
      1. 引用文献

要約

2024年後半から2025年にかけて、日本を代表する大企業において早期退職や希望退職の募集、いわゆる「黒字リストラ」が急増している。パナソニックホールディングス、三菱電機、明治ホールディングス、オリンパス、オムロン、資生堂、コニカミノルタといった企業群は、財務的に破綻の危機に瀕しているわけではなく、むしろ過去最高益を記録する企業さえ含まれている。東京商工リサーチのデータによれば、2025年の上場企業における早期・希望退職募集人数は1万1000人を超え、2021年以来の高水準となった1。

本レポートは、この現象を単なるコスト削減(Defensive Restructuring)としてではなく、グローバル競争環境への適応、東京証券取引所による資本効率改善要請(PBR改革)、および労働市場の構造変化(ジョブ型雇用への移行)が複合的に作用した「攻めの構造改革(Offensive Restructuring)」であると定義し、その背景と各社の戦略的意図を包括的に分析するものである。特に、バブル期入社世代を中心とするシニア層の人材流動化施策が、企業の「人的資本経営」の文脈でどのように正当化され、実行されているかを詳細に論じる。


第1章:2025年「黒字リストラ」の現象学的分析

1.1 過去のリストラ局面との質的相違

日本経済において「リストラ(Restructuring)」という言葉が一般化したのはバブル崩壊後の1990年代であり、その後もITバブル崩壊(2001年)、リーマンショック(2008年)、コロナ禍(2020年)と、景気後退期に人員削減が行われるのが通例であった。これらの局面における人員整理は、赤字転落に伴う緊急避難的な措置、すなわち「止血」としての性格が色濃かった。

しかし、2025年の局面はこれらとは根本的に異なる様相を呈している。2025年に早期・希望退職を実施または発表した企業のうち、実に約7割が最終黒字を確保しているというデータが示す通り、企業の存続そのものが危ぶまれる状況ではない2。むしろ、三菱電機のように売上収益と営業利益が過去最高を更新する見通しの中で人員削減に踏み切る事例が出現している4。これは、日本企業の経営マインドセットが、「雇用の維持」を最優先とする伝統的なステークホルダー資本主義から、資本効率と将来の成長ポテンシャルを最優先する株主資本主義的なアプローチ、あるいはより現代的な「人的資本ポートフォリオの最適化」へと不可逆的にシフトしたことを示唆している。

1.2 ターゲット層の明確化と「バブル世代」の出口戦略

今回のリストラの最大の特徴は、対象年齢層の明確な絞り込みにある。多くの企業が40代後半から50代、いわゆる「バブル入社組(1980年代後半〜1990年代初頭入社)」および「団塊ジュニア世代」を主要なターゲットとしている2。この世代は、日本型雇用慣行である年功序列賃金制度の下で相対的に高い給与水準にある一方で、急速に進展するデジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントランスフォーメーション(GX)に適合するスキルセットへの転換が遅れている場合が多いと見なされている。

企業側は、この層に対して通常の退職金に数千万円規模(tens of millions of yen)の割増金を上乗せするという、極めて手厚いパッケージを提示している5。パナソニックホールディングスの事例では、50歳代の社員に対して最大級の加算金を用意しており、これは実質的に「早期リタイア」や「セカンドキャリアへの転身」を金銭的インセンティブによって強力に推奨するものである。このような高額なパッケージが用意できること自体が、企業が財務的に健全であり、かつ将来の固定費削減効果(ROI)が一時的なリストラ費用を上回ると判断している証左である。

1.3 産業セクターの広がり

対象となる業種は、かつてリストラの常連であった電気機器メーカーにとどまらず、食品(明治ホールディングス)、精密機器(オリンパス、コニカミノルタ)、化粧品(資生堂)、製薬(武田薬品工業)など、内需型あるいはディフェンシブ銘柄とされてきたセクターへも波及している6。これは、日本国内の人口減少による市場縮小を見越し、あらゆる産業においてグローバル市場での競争力強化と筋肉質な組織体制への転換が急務となっていることを表している。

表1: 2024-2025年における主要な早期・希望退職実施企業一覧(抜粋)

企業名実施・発表時期対象規模業績・財務状況主な戦略的背景
パナソニックHD2024-2025グローバル約1万人(国内約5,000人)黒字・増益基調事業ポートフォリオ入替、ROE向上、固定費構造改革9
三菱電機2025年実施40歳以上(53歳以上優遇)最高益更新(2025年3月期)人的資本の循環、キャリア自律支援、若手登用4
明治HD2025年発表50歳以上、勤続15年以上堅調人的資本経営の進化、組織の新陳代謝6
オリンパス2024-2025グローバル約2,000人(ポジション削減)科学事業売却益等で黒字MedTech専業化、EGM(効率・成長・経営)変革11
オムロン2024-2025国内約1,000人、海外約1,000人利益確保も成長鈍化構造改革「NEXT 2025」、人員・能力の最適化12
資生堂2024-2025日本事業 約1,500人中国事業苦戦、変革期「ミライ・キャリア・プラン」、自律的キャリア形成14
コニカミノルタ2024-2025グローバル約2,400人構造改革による黒字化目指す収益構造改革、非注力領域の整理15
武田薬品工業2024-2025国内JPBU組織再編に伴う長期的統合プロセス国内事業の効率化、R&Dシフト17

第2章:構造的背景要因の深層分析

なぜ2025年というタイミングで、これほど多くの優良企業が一斉に人員適正化に動いたのか。その背景には、個別の企業事情を超えた、日本経済全体を覆う構造的な圧力が存在する。

2.1 東京証券取引所による「PBR 1倍割れ」是正圧力

2023年以降、東京証券取引所(TSE)が主導する市場改革は、日本企業の経営にドラスティックな変化をもたらした。東証はプライム市場およびスタンダード市場の上場企業に対し、「資本コストや株価を意識した経営」の実践を強く要請した19。

特にPBR(株価純資産倍率)が1倍を割り込んでいる企業に対する改善圧力は強烈である。PBR 1倍割れは、株式市場がその企業の将来価値を「解散価値以下」と評価していることを意味し、経営陣にとっては不名誉な烙印となる。PBRを向上させるためには、ROE(自己資本利益率)を高めることが最も正攻法となる(PBR \= ROE × PER)。

ROEの向上には、分子である「当期純利益」を増やすか、分母である「自己資本」を減らす(自社株買いなど)必要がある。黒字リストラは、この分子の部分、すなわち「利益率の向上」に直結する施策として位置づけられる。長年の雇用維持慣行により肥大化した固定費(人件費)を削減し、損益分岐点を下げることで、より高い利益率を恒常的に生み出せる体質へと変化させることが、投資家に対する強力なエクイティ・ストーリーとなるのである。実際、東証の要請開始から3年が経過した2025年時点で、PBRやROEの改善が見られる企業が増加しており、市場からの圧力は依然として継続している19。

2.2 「ジョブ型雇用」への転換とスキルの陳腐化

日本の労働市場における構造変化も大きな要因である。従来型の「メンバーシップ型雇用(人に仕事を割り当てる)」から、「ジョブ型雇用(職務内容を定義し、それに適した人を割り当てる)」への移行が、大企業を中心に加速している。

ジョブ型雇用においては、職務の市場価値(Job Grade)に基づいて報酬が決定されるため、年功のみで給与が上昇してきたシニア層の処遇が難しくなる。特に、DXの進展により、アナログな調整業務や管理業務の価値が相対的に低下する一方で、AI、データサイエンス、サイバーセキュリティといった領域のスキルニーズが爆発的に高まっている22。

企業にとって、既存の社員をリスキリング(再教育)して配置転換することは理想であるが、50代の社員を最先端のAIエンジニアに転換するには膨大な時間とコストがかかり、現実的ではないケースも多い。その結果、ミスマッチが生じている人材に対しては割増退職金を提供して労働市場への移動を促し、空いた原資で外部から即戦力のデジタル人材を高額で採用するという「人材ポートフォリオの入替(Replacement)」が合理的判断となる。三菱電機やオムロンが掲げるリストラの目的が「人員構成の最適化」や「能力の最適化」であることは、この文脈において理解されるべきである4。

2.3 インフレ定着と賃上げ原資の確保

2024年、2025年の春闘(春季生活闘争)において、連合(日本労働組合総連合会)は5%超の高い水準での賃上げを要求し、多くの企業がこれに応じている24。日本経済が長年のデフレから脱却し、インフレ経済へと移行する中で、持続的な賃上げは企業の社会的責務となりつつある。

しかし、売上が横ばいの状況で全社員の賃金を上げ続ければ、利益は圧迫される。そこで企業は、「メリハリのある配分」を行う必要に迫られる。すなわち、生産性の低い部門や人員を削減して原資を浮かせ、それを成長領域や若手・優秀層への賃上げに再配分するというメカニズムである。2025年のリストラにおいて、多くの企業が「若手への機会提供」や「競争力のある処遇」を強調しているのは、リストラが賃上げの原資確保とセットで語られているためである4。

2.4 政府による労働移動支援策

日本政府の政策転換も、企業の背中を押している。岸田政権以降の「新しい資本主義」政策において、労働市場改革は一丁目一番地の課題とされてきた。政府は、雇用調整助成金のような「雇用維持」のための補助金から、リスキリング支援や労働移動支援助成金といった「労働移動」を促進するための予算配分へと大きく舵を切っている27。

これにより、「終身雇用を守る企業が良い企業」という社会的規範が薄れ、「成長産業への円滑な人材移動を促す企業」が評価される土壌が醸成された。企業経営者は、政府の後押しを受ける形で、かつてはタブー視されていた黒字段階でのリストラを、「社会全体の生産性向上のための施策」として正当化しやすくなっている29。


第3章:主要企業の詳細ケーススタディ

3.1 パナソニックホールディングス:コングロマリットからの脱却と「解体的出直し」

パナソニックホールディングス(PHD)の2025年の動きは、日本製造業の構造改革の象徴的事例である。同社はグループ全体で約1万人の人員削減計画(国内約5,000人、海外約5,000人)を進めており、これに伴う構造改革費用として約1,300億円を計上している9。

3.1.1 構造改革の特異性

パナソニックは過去にも、中村邦夫改革(2001年、ITバブル崩壊後)や津賀一宏改革(2012年、プラズマテレビ撤退)において大規模なリストラを実施してきた歴史がある。しかし、今回の楠見雄規社長による改革は、過去のような巨額赤字を背景としたものではなく、営業利益が確保されている状況下での「予防的かつ攻撃的」なものである点で異なる。
楠見社長は「経営の責任は私にある」と述べ、役員報酬の返上も発表しているが、その真意は「競争力のない事業や、重複した間接部門を温存する余裕はもはやない」という危機感にある9。

3.1.2 事業ポートフォリオの再編

今回のリストラは、同社が進める事業ポートフォリオの大胆な入替と連動している。

  • 成長領域: 車載電池(特にテスラ向け4680電池やカンザス新工場)、サプライチェーンマネジメント(Blue Yonder)、空質空調(欧州ヒートポンプ事業)へ投資を集中32。
  • 改革領域: 家電(Consumer Electronics)や、中国勢との競争が激化している一部の部材事業、および本社間接部門。
    2025年5月に発表された「グループ経営改革の進捗」によれば、2027年度に向けて構造改革効果による利益改善を1,220億円以上(うち人員適正化効果700億円)見込んでおり、調整後営業利益6,000億円以上の達成を必達目標としている33。

3.1.3 早期退職パッケージの詳細

特に注目すべきは、国内の早期退職優遇制度の内容である。40歳〜59歳を対象とし、特に50代半ばの社員に対しては、通常の退職金に加えて「数千万円(tens of millions of yen)」規模の割増金を支給すると報じられている5。この破格の条件は、会社側がいかに「組織の新陳代謝」を急いでいるかを示している。また、再就職支援会社を通じたサポートや、求職活動のための最長3ヶ月の特別休暇付与など、社員が退職を決断しやすい環境を徹底的に整備している。

3.2 三菱電機:最高益下での「53歳の分水嶺」

三菱電機は、2025年3月期の業績見通しにおいて、売上高・営業利益ともに過去最高を更新する見込みであるにもかかわらず、40歳以上の社員(特に53歳以上)を対象とした早期退職支援制度を実施した4。

3.2.1 制度の狙いと「Innovative Company」への変革

同社の発表では、この施策は「Innovative Company」への変革に向けた人的資本戦略の一環と位置づけられている。最高益を出している企業がリストラを行うことに対し、社内外から驚きの声も上がったが、経営陣の意図は明確である。
FA(ファクトリーオートメーション)やパワー半導体、空調といった同社の主力事業は堅調だが、世界的にはデジタル化や脱炭素化の波が押し寄せており、ハードウェア偏重のビジネスモデルからの脱却が必要とされている。過去の成功体験を持つシニア層が組織の上層部に滞留することで、イノベーションが阻害されるリスク(いわゆる「大企業病」)を未然に防ぎ、若手人材にポストと権限を委譲するための「スペース」を空けることが、今回の施策の主眼である4。

3.2.2 世代交代の促進

対象年齢を「53歳以上」で特に優遇している点は示唆的である。これは、定年(60歳)までの残り7年間を会社にしがみつくのではなく、早期にセカンドキャリアへ移行することを推奨するものであり、実質的な「役職定年」の機能を強化する意味合いを持つ。同社は、希望者に対して再就職支援を行うとともに、残留する社員に対してもキャリア自律を促す研修などを強化しており、組織全体の若返りと活性化を図っている。

3.3 オリンパス:グローバル・メドテック企業への純化

オリンパスの事例は、コングロマリット・ディスカウント解消のための「事業売却」とセットになった人員削減である。

3.3.1 エビデント売却と構造改革

オリンパスは、顕微鏡などを扱う科学事業を分社化(株式会社エビデント)し、2023年にベインキャピタルへ売却した35。さらに2025年には、関連する検査機器部門(Inspection Technologies)のWabtecへの売却も完了している36。
これにより、同社は消化器内視鏡を中心とする「医療(MedTech)」事業にリソースを集中させる体制を整えた。しかし、事業売却だけでは組織のスリム化は完了しない。グローバル規模での管理部門の統合や、R&D体制の最適化が必要となり、これに伴い2024年から2025年にかけてグローバルで約2,000ポジションの削減が進められた11。

3.3.2 外国人CEOによる改革とガバナンス

オリンパスの改革は、シュテファン・カウフマン氏(後に退任)やボブ・ホワイト氏といった外国人経営者のリーダーシップの下、欧米流の合理的な経営判断に基づいて実行されている。日本の「雇用維持」の論理よりも、グローバルな医療機器メーカーとしての利益率(営業利益率20%超の目標)やコンプライアンス対応(品質保証体制の強化)が優先された結果であり、日本企業が完全なグローバル企業へと脱皮する過程での摩擦と言える37。

3.4 オムロン:構造改革「NEXT 2025」の苦渋

オムロンは、制御機器事業(IAB)の中国市場での苦戦などを受け、業績が低迷したことから、構造改革プログラム「NEXT 2025」を策定し、国内外で約2,000人(国内1,000人)の人員削減を実施した12。

3.4.1 固定費削減と再成長への布石

オムロンの場合、他の最高益企業とは異なり、直近の業績悪化への対応という側面(Defensive)もあるが、同時に2026年以降の再成長に向けた組織再編(Offensive)の側面も強い。特に、国内では40歳以上かつ勤続3年以上の正社員を対象とし、結果として1,206名が応募したことが報告されている13。
同社は、削減した固定費を原資として、データ活用サービス「i-BELT」やヘルスケア事業などの成長領域への投資を加速させる計画である13。辻永順太社長は、この改革を通じて損益分岐点を引き下げ、外部環境の変化に左右されにくい強靭な収益構造を構築することを目指している。

3.5 明治ホールディングス:安定企業の危機感

食品大手の明治ホールディングスもまた、2025年に50歳以上を対象とした「ネクストキャリア支援特別制度」を発表した6。

3.5.1 食品業界特有の事情

食品業界は、カカオ豆や生乳などの原材料価格高騰と、円安による輸入コスト増大に直面しており、国内の価格転嫁だけでは利益成長が難しくなっている。明治HDは、医薬品セグメント(Meiji Seika ファルマ)を持つ独自の強みがあるが、グループ全体での資本効率向上(ROIC経営)が求められている。
今回の早期退職は、同社が掲げる「人的資本経営」の一環として説明されており、年功的な処遇から役割・成果に基づく処遇への移行期における過渡的な措置として、シニア層の退出を促すものである。安定企業であるがゆえに人材の流動性が低かった組織に、意図的に「風穴」を開ける狙いがある6。

3.6 資生堂・コニカミノルタ・武田薬品工業の動向

  • 資生堂: 中国市場の低迷や免税売上の減少を受け、日本事業を中心に約1,500人の早期退職を実施。「ミライ・キャリア・プラン」と称し、成長支援とセットで人員削減を行うことで、ブランド価値を毀損せずに組織のスリム化を図っている7。
  • コニカミノルタ: 事務機器市場の縮小に伴い、グローバルで2,400人規模の削減を発表。構造改革により2025年度の黒字化と収益性回復を目指す、より「再生」色の強いリストラである15。
  • 武田薬品工業: シャイアー買収以降、継続的に組織統合と効率化を進めている。2024年から2025年にかけては、国内の医薬営業本部(JPBU)の再編に伴い、労働組合との協議を経た上で、希望退職プログラムを展開している。これはグローバル製薬企業としての利益率基準(Core Operating Profit Margin)を達成するための恒常的なプロセスとなっている17。

第4章:黒字リストラの実務的側面と社会的影響

4.1 「数千万円」の割増退職金と税制優遇

2025年のリストラにおいて、企業が提示するパッケージはかつてないほど高額化している。パナソニックHDの事例に見られるように、定年まで勤務した場合の逸失利益を考慮してもなお魅力的な水準(数千万円の上乗せ)が提示されるケースがある5。

また、退職所得に対する税制優遇も、早期退職を後押ししている。退職金は分離課税であり、勤続年数に応じた控除額が大きいため、給与として受け取るよりも手取り額が多くなるメリットがある。ただし、2025年度税制改正の議論や、短期勤続者への課税強化などの動きもあり、駆け込み的な需要が発生している側面も否定できない43。

4.2 労働組合の反応と労使関係の変化

かつて、労働組合は人員削減に対して激しく抵抗したが、今回の「黒字リストラ」においては、表立った反対運動は限定的である。その理由は以下の通りである。

  1. 条件の良さ: 割増退職金が十分に高く、強要ではなく「希望募集」の形式をとっているため、組合員にとっても「悪い話ではない」と受け止められている。
  2. 賃上げとのバーター: 組合(特に連合)は賃上げを最優先課題としており、その原資を確保するための生産性向上策として、人員適正化を容認する姿勢が見られる24。
  3. 雇用の流動化容認: 組合側も、終身雇用の維持が限界であることを認識し始めており、再就職支援が確実に行われることを条件に、リストラを受け入れる現実路線へと転換している。

4.3 「45歳定年制」的実態の到来

これらの動きを総合すると、日本企業において実質的な「45歳定年制」あるいは「雇用義務の縮小」が進行していると言える。45歳以降は、管理職として昇進し続けるコースに乗れない限り、専門職として自立するか、あるいは社外へ転出するかを常に迫られることになる。
企業はもはや「家族」ではなく、プロジェクトごとの「チーム」のような存在へと変質しており、個人のキャリアオーナーシップ(Career Ownership)がかつてないほど重要になっている。明治HDや三菱電機が「キャリア自律」を強調するのは、会社がキャリアを保証できなくなったことの裏返しでもある4。


第5章:結論と展望 – 「攻めの構造改革」の成否

2025年に相次いだ「黒字リストラ」は、日本企業が長年先送りにしてきた「雇用と生産性のジレンマ」に対する最終的な回答である。パナソニック、三菱電機、オリンパス等の事例は、日本企業が株主資本主義の論理を完全に内面化し、グローバル基準のROEやPBRを達成するために、聖域であった「雇用」に手をつけたことを意味する。

今後の展望(2026年以降):

  1. 常態化: 大規模な一時募集ではなく、欧米企業のように、パフォーマンスや事業状況に応じて日常的に人員調整を行うスタイル(常時リストラ)へ移行する。
  2. 対象の若年化: DXスキルの重要性が高まるにつれ、スキルミスマッチの判定が厳しくなり、40代前半や30代後半でも対象となる可能性がある。
  3. 労働市場の二極化: 高度なスキルを持つ人材は流動化によって所得を増やす一方、汎用的なスキルしか持たない中高年層は、再就職市場で厳しい現実に直面し、労働市場からの退出や低賃金労働への移行を余儀なくされるリスクがある。

企業への提言:
「黒字リストラ」を成功させるためには、単に人員を減らすだけでなく、残った社員のモチベーションを維持し、成長事業へリソースを再配分する実行力が問われる。パナソニックが掲げる「2027年度の利益改善1,500億円」や、オムロンの「NEXT 2025」の達成度合いが、この一連の改革の成否を測る試金石となるだろう。また、放出された人材が成長産業(スタートアップや人手不足の中堅企業)へ円滑に移動できるような、社会的なマッチングシステムの整備も急務である。
日本経済にとって、2025年は「終身雇用の終わり」と「人材流動化社会の始まり」が明確に交差した年として記録されることになるだろう。


(本文終了)

引用文献

  1. Japanese Firms Offer Record Early Retirement To Older Workers – Finimize, 11月 29, 2025にアクセス、 https://finimize.com/content/japanese-firms-offer-record-early-retirement-to-older-workers
  2. Japan’s workforce rebalancing: Early retirement rises as employers navigate ageing and agility – HR ASIA, 11月 29, 2025にアクセス、 https://hr.asia/asia-pacific/japans-workforce-rebalancing-early-retirement-rises-as-employers-navigate-ageing-and-agility/
  3. Profitable firms cut jobs as activist investors and TSE seek stronger returns, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.japantimes.co.jp/business/2025/11/14/companies/job-cuts-surge-aging-rebalance/
  4. Mitsubishi Electric Announces Next-Stage Support Program for Employees, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.mitsubishielectric.com/en/pr/2025/pdf/0908.pdf
  5. Yomiuri: Panasonic to Offer Hefty Severance to Solicit Voluntary Retirement – Moomoo, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.moomoo.com/news/post/55330793/yomiuri-panasonic-to-offer-hefty-severance-to-solicit-voluntary-retirement
  6. Notice Concerning Next Career Special Support Program by Meiji Co., Ltd., 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.meiji.com/global/news/2025/pdf/251028_01.pdf
  7. 2025 Q3 Results (January–September) and 2025 Outlook – Shiseido, 11月 29, 2025にアクセス、 https://corp.shiseido.com/en/ir/pdf/ir20251110_225.pdf
  8. CEO Shareholder Letter 2025 | Takeda Pharmaceuticals, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.takeda.com/investors/events/shareholder-letter-2025/
  9. Panasonic to lay off 10,000 workers in restructuring plan – Tech in Asia, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.techinasia.com/news/panasonic-to-lay-off-10000-workers-in-restructuring-plan
  10. Panasonic To Cut 10,000 Global Jobs Amid Structural Reforms – Nasdaq, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.nasdaq.com/articles/panasonic-cut-10000-global-jobs-amid-structural-reforms
  11. Olympus Unveils Corporate Strategy: 2025: News, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.olympus-global.com/news/2025/nr02932.html
  12. Notice Concerning Structural Reform Program NEXT2025: Headcount and Capacity Optimization – Omron, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.omron.com/global/en/assets/file/ir/irlib/20240604-02e.pdf
  13. Structural Reform Program NEXT 2025 – Omron, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.omron.com/global/en/assets/file/ir/irlib/ar24e/OMRON_Integrated_Report_2024_en_09.pdf
  14. Shiseido Announces Early Retirement Incentive Plan as part of Business Transformation ‘Mirai Shift NIPPON 2025’ to be Implem, 11月 29, 2025にアクセス、 https://corp.shiseido.com/en/ir/pdf/ir20240229_056.pdf
  15. Konica Minolta Continues to See Revenue Shrink but Profits Grow in Q2 2025 Due to Restructuring, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.action-intell.com/2025/11/05/konica-minolta-continues-to-see-revenue-shrink-but-profits-grow-in-q2-2025-due-to-restructuring/
  16. AUDITED FINANCIAL REPORT – Konica Minolta, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.konicaminolta.com/shared/changeable/investors/include/ir_library/afr/2025/pdf/konica_minolta_afr2025.pdf
  17. Takeda Outlines Organizational Evolution in Japan to Create a More Sustainable Future for the Development and Delivery of Innovative Medicines, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.takeda.com/jp/newsroom/local-newsreleases/2024/takeda-outlines-organizational-evolution-in-japan-to-create-a-more-sustainable-future-for-the-development-and-delivery-of-innovative-medicines-en/
  18. Takeda Announces Reorganization, Buyout Program in Japan, 11月 29, 2025にアクセス、 https://pj.jiho.jp/article/251452
  19. Tokyo Stock Exchange Initiative on Cost of Capital and Stock Price Conscious Management, 11月 29, 2025にアクセス、 https://corpgov.law.harvard.edu/2025/10/21/tokyo-stock-exchange-initiative-on-cost-of-capital-and-stock-price-conscious-management/
  20. Action to Implement Management that is Conscious of Cost of Capital and Stock Price (Prime and Standard Markets) | Japan Exchange Group – JPX, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.jpx.co.jp/english/equities/follow-up/02.html
  21. Action to Implement Management that is Conscious of Cost of Capital and Stock Price – JPX, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.jpx.co.jp/english/news/1020/dreu250000004n19-att/dreu250000004n8s.pdf
  22. How reskilling can help transform the future of work in Japan – The World Economic Forum, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.weforum.org/stories/2023/01/reskilling-japan-future-of-work-davos-2023/
  23. Future Predictions 2040 in Japan: The Dawn of the Limited-Labor Supply Society, 11月 29, 2025にアクセス、 https://recruit-holdings.com/en/blog/post_20230926_0001/
  24. Japan Labor Group Rengo to Seek Wage Hike of 5 Pct of More | Nippon.com, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.nippon.com/en/news/yjj2025112800103/
  25. Labor group Rengo to seek wage hike of 5% or more for next year – The Japan Times, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.japantimes.co.jp/business/2025/11/28/economy/rengo-wage-hike-shunto/
  26. Japan Outlook – Further hikes on the cards in 2025, but 2026 will mark the end, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.axa-im.com/investment-institute/market-views/annual-outlook/japan-outlook-further-hikes-cards-2025-2026-will-mark-end
  27. Understanding the Kishida Labor Mobility and Reskilling Initiatives | Nippon.com, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.nippon.com/en/in-depth/d00993/
  28. A New Form of Capitalism|Major policies of the Kishida Cabinet, 11月 29, 2025にアクセス、 https://japan.kantei.go.jp/ongoingtopics/policies_kishida/newcapitalism.html
  29. 2025 New Year Message Reiwa Collaborative Capitalism Model–Creating a New Economy and Society Through Labor Mobility and Corporate Renewal–|KEIZAI DOYUKAI, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.doyukai.or.jp/en/chairmansmsg/articles/tniinami/250101.html
  30. Japan: Staff Concluding Statement of the 2025 Article IV Mission – International Monetary Fund, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.imf.org/en/news/articles/2025/02/07/mcs-020725-japan-staff-concluding-statement-of-the-2025-article-iv-mission
  31. Panasonic to cut 10000 jobs, expects $900 million in restructuring costs | WTVB, 11月 29, 2025にアクセス、 https://wtvbam.com/2025/05/09/panasonic-to-cut-10000-jobs-expects-900-million-in-restructuring-costs/
  32. Panasonic Holdings Announces Personnel Changes Relating to Executive Officers, Presidents of Operating Companies and Others, 11月 29, 2025にアクセス、 https://news.panasonic.com/global/press/en240229-9
  33. Progress of Panasonic Group Management Reform (Outline), 11月 29, 2025にアクセス、 https://news.panasonic.com/uploads/tmg_block_page_image/file/32670/en250509-6-1.pdf
  34. Mitsubishi Electric raises segment targets despite early retirement costs – Investing.com, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.investing.com/news/earnings/mitsubishi-electric-raises-segment-targets-despite-early-retirement-costs-93CH-4326433
  35. Olympus Announces Transfer of Subsidiary Evident to Bain Capital, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.olympusamerica.com/press-release/2022-08-28/olympus-announces-transfer-subsidiary-evident-bain-capital
  36. Wabtec Finalizes Acquisition of Evident’s Inspection Technologies Division, 11月 29, 2025にアクセス、 https://ims.evidentscientific.com/en/news/ims-divestiture
  37. Integrated Report 2025 – Olympus, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.olympus-global.com/ir/data/integratedreport/pdf/integrated_report_2025e_web.pdf
  38. Notice: Concerning Change of Representative Executive Officer and Executive Officer – Olympus, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.olympus-global.com/ir/data/announcement/2025/contents/ir00014.pdf
  39. Or It May Affect 1200 People, And Omron Has Preliminarily Determined The Number Of Layoffs in The Day – Industry News – Sango Automation, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.sango-automation.com/news/or-it-may-affect-1200-people-and-omron-has-pr-78555367.html
  40. CEO Message | INTEGRATED REPORT 2025 | OMRON Global, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.omron.com/global/en/integrated_report/vision/ceo/
  41. Roundtable on Labor Mobility & Human Capital Investment – RIETI, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.rieti.go.jp/en/papers/contribution/tsuru/55.html
  42. Summary of Consolidated Financial Results for the Six Months Ended September 30, 2025 – Konica Minolta, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.konicaminolta.com/shared/changeable/investors/include/fr/pdf/2026/2q_2026fr_all.pdf
  43. Japan: Additional 2025 tax reform proposals concern basic deduction – KPMG International, 11月 29, 2025にアクセス、 https://kpmg.com/us/en/taxnewsflash/news/2025/03/japan-additional-2025-tax-reform-proposals-concern-basic-deduction.html
  44. Understanding Japan’s Retirement Income Tax System and Key Risk Areas for Foreign Executives – RSM Global, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.rsm.global/japan/shiodome/en/insights/category/accounting-taxes/understanding-japans-retirement-income-tax-system-and-key-risk-areas-foreign-executives
  45. Human Resources | Meiji Group, 11月 29, 2025にアクセス、 https://www.meiji.com/global/sustainability/thriving-communities/human-resources.html
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