Claude Opus 4.1 が解説する「SIer業界の構造」

日本のSIer業界における多重請負構造

多重請負構造とは

日本のSIer（システムインテグレーター）業界は、「ピラミッド構造」や「多重下請け構造」と呼ばれる独特の階層的な産業構造を形成しています。この構造では、エンドユーザー企業から受注した大手SIerを頂点として、実際の開発作業が複数の階層を経て下請け企業へと流れていきます。

典型的な階層構造：

1. 元請け（プライムベンダー） – 大手SIer（NTTデータ、富士通、日立、NEC、IBMなど）がエンドユーザーから直接受注
2. 一次請け – 元請けから主要な開発部分を請負
3. 二次請け – 一次請けから特定モジュールや機能の開発を請負
4. 三次請け以降 – さらに細分化された作業を請負（時には四次、五次まで存在）

各階層で中間マージンが発生し、下位になるほど単価が下がる仕組みになっています。実際の開発作業の多くは、ピラミッドの下層部分で行われることが一般的です。

この構造が形成された理由

1. 日本企業のIT内製化の低さ 日本の大企業の多くは、歴史的にIT部門を自社内に持たず、システム開発を外部に委託する文化が根強くあります。これにより、大規模プロジェクトを一括で受注できる大手SIerへの依存が生まれました。

2. リスク分散と責任の明確化 元請けSIerは、プロジェクト全体の責任を負いながら、実作業を専門性を持つ複数の企業に分散することで、技術的リスクや人的リソースのリスクを軽減しています。

3. 人材の流動性確保 プロジェクトベースでの人材調達が可能となり、需要の変動に対して柔軟に対応できます。繁忙期には下請け企業から人材を調達し、閑散期には契約を終了することで、固定費を削減できます。

4. 専門技術の分業化 各階層の企業がそれぞれの専門分野（インフラ、データベース、特定言語での開発など）に特化することで、効率的な開発が可能になるという建前があります。

5. 大手SIerの営業力とブランド力 エンドユーザー企業は、実績と信頼性を重視して大手SIerを選択する傾向が強く、中小企業が直接受注することは困難です。このため、中小IT企業は大手の下請けとして参入せざるを得ません。

6. 商慣習と既得権益 長年にわたって形成されたこの構造は、各階層の企業にとって既得権益となっており、変革が困難な状況を生み出しています。元請けと下請けの関係が固定化され、新規参入や構造改革が進みにくい環境となっています。

構造がもたらす問題点

この多重請負構造は、以下のような深刻な問題を引き起こしています：

• 技術者の低賃金化 – 多重マージンにより、実際に作業を行う技術者の取り分が大幅に減少
• 技術力の空洞化 – 上流工程を担う企業が実装から離れ、技術力が低下
• コミュニケーションコストの増大 – 階層が多いほど伝達ミスや認識齟齬が発生しやすい
• イノベーションの阻害 – 下請け企業の創造的な提案が上層に届きにくい
• 偽装請負の温床 – 実質的な派遣でありながら請負契約を結ぶ違法行為が発生しやすい

この構造は日本のIT業界の国際競争力低下の一因とも指摘されており、近年では一部で改革の動きも見られますが、根本的な変革には至っていないのが現状です。

多重請負構造の底辺を支える「自称SES」の実態

IT派遣業の実態と位置づけ

多重請負構造の三次請け以下の階層では、「SES（システムエンジニアリングサービス）」を標榜しながら、実質的には単なる人材派遣業として機能している企業が大量に存在しています。これらの企業は、ピラミッド構造の最下層で、実際のシステム開発作業を担う技術者を供給する役割を担っています。

典型的な「自称SES」企業の実態：

1. 契約形態の偽装

   • 表向きは「準委任契約」や「SES契約」を締結
   • 実態は客先常駐による労働者派遣と変わらない
   • 指揮命令系統が曖昧で、実質的に客先の指示で動く（偽装請負）

2. 技術者の商品化

   • 「エンジニア単価」という形で人を時間単位で売買
   • スキルシートと面談による「商談」で技術者を選別
   • 技術者個人の能力より「若さ」「従順さ」が評価される傾向

3. 多重派遣の横行

   • A社→B社→C社→客先といった多段階の派遣構造
   • 各段階で10-30%のマージンが抜かれる
   • 最終的に技術者が受け取るのは客先支払額の40-60%程度

4. キャリアパスの不在

   • 「経験を積める」という名目で未経験者を大量採用
   • 実際は単純作業やテスター業務が中心
   • プロジェクト終了ごとに別の現場へ「案件ガチャ」状態

SIer構造における役割と機能

ピラミッド構造での位置づけ：

元請けSIer（プロジェクト管理・要件定義）
    ↓
一次請け（基本設計・詳細設計）
    ↓
二次請け（実装管理・品質管理）
    ↓
三次請け（コーディング・単体テスト）
    ↓
【IT派遣業（自称SES）の領域】
・実装作業の労働力提供
・テスト要員の供給
・運用保守要員の提供

これらの企業は、上位階層が必要とする「調整可能な労働力」を供給するバッファーとして機能しています。プロジェクトの繁忙期には大量の人員を投入し、終了後は契約を解除することで、上位企業のリスクを吸収する役割を担っています。

この実態に至った理由

1. 労働者派遣法の規制回避

• IT業界では「派遣」に対する期間制限（3年）や規制が存在
• 「SES（準委任契約）」という形式を取ることで規制を回避
• 実質的な派遣でありながら、法的には請負・委任として扱われる

2. 参入障壁の低さによる乱立

• IT派遣業は初期投資がほとんど不要（オフィスと最小限の人員のみ）
• 技術力がなくても「人を右から左に流す」だけで利益が出る
• 結果として質の低い派遣企業が大量に参入

3. 上位企業のコスト削減圧力

• 多重請負の各階層でマージンが抜かれた結果、最下層は極限までコストカット
• 正社員雇用を避け、必要な時だけ人材を調達したいニーズ
• 「人月単価」という日本独特の商慣習が人材の使い捨てを助長

4. 技術者側の構造的弱さ

• 未経験からIT業界に入る際の入口として機能
• 「どこかで経験を積まないと転職できない」という悪循環
• 技術者個人の交渉力の弱さ（労働組合の不在）

5. 客先常駐文化の定着

• 日本企業の「目の前にいないと仕事を任せられない」という意識
• セキュリティを理由にした自社開発の回避
• 結果として技術者は客先に常駐せざるを得ない

6. 業界全体の共犯関係

• 元請けSIer：柔軟な人員調整が可能
• 中間業者：マージンビジネスで安定収益
• 派遣企業：低リスクで参入可能なビジネスモデル
• この三者にとって都合の良い構造が維持されている

構造が生む深刻な問題

技術者への影響：

• スキルが身につかない – 単純作業の繰り返しで成長機会が限定的
• 低賃金の固定化 – 多重マージンにより手取りが大幅に減少
• キャリアの行き詰まり – 35歳を超えると「単価が高い」として切られる
• メンタルヘルスの悪化 – 所属意識の欠如、将来への不安

業界全体への影響：

• 技術力の低下 – 優秀な人材がIT業界を離れる
• イノベーションの欠如 – 創造的な仕事ができる環境がない
• 国際競争力の喪失 – 海外のIT企業に太刀打ちできない

この「自称SES」による人材供給システムは、多重請負構造の最も醜悪な部分を体現しており、日本のIT業界の構造的な問題の象徴となっています。表面的には「エンジニアの経験を積める場」として機能しているように見えますが、実際には技術者を使い捨ての労働力として扱う搾取的な構造となっているのが実情です。 #