Amazon後のアメリカの出版業の変化(Deep Research 文書)

生成AIに質問する

米国の出版業の状況を Gemini Deep Research に質問しました。
生成AIにはハルシネーションの問題があり、その解答には間違いが含まれている可能性がある事を踏まえて、この解答を読んでください。

InternetとAmazon.com の登場以来、日本では出版業に大きな変化が起きました。
紙媒体書籍の衰退と、漫画を中心に電子書籍が勃興しています。
書店が次々と廃業を続けています。
出版社は変わらず営業しています。流通制度も変わっていません。書籍の価格も変わりません。
書籍の種類が増えて、一つの書籍の販売数が減少しましたが、従来より多くの人々が書籍を出版するようになりました。
個人的体感としては、昔よりも個々の書籍の専門性が高く、質の良い書籍が増えた印象です。もちろん価値の低い書籍も増えましたが、買わなければ良いだけなので消費者視点では、昔より今の方が快適になっています。
質問したいのは、Amazon.com の登場以降の米国の出版業で起きた変化の内容と、定量的変化の度合いです。
米国では、紙媒体書籍と電子書籍はどのように変わっていますか。
書籍の流通と書籍の価格は。
出版社のビジネスに変化はありましたか。
書籍の種類や、内容に変化はありましたか。
現在の米国の出版業の状況を教えてください。

米国出版産業における構造的変革と現状分析:Amazon以降の流通・価格・コンテンツの定量的・定性的評価

要旨

1995年のAmazon.comの登場以降、米国の出版産業はインターネットコマースの台頭とデジタル技術の進展により、劇的かつ不可逆的な構造変革を経験した。日本の出版市場が紙媒体の長期的な衰退と漫画を中心とした電子書籍の急速な普及、そして書店数の減少という「デジタルへの置換」の様相を呈しているのに対し、米国市場は「フォーマットの共存」と「紙媒体の強靭な回復力(レジリエンス)」という特異な均衡点に達している。

本報告書は、Amazonの市場参入から2025年初頭に至るまでの約30年間にわたる米国出版産業の変化を、流通、価格決定権、フォーマットシェア、そして作家とコンテンツの多様性という観点から網羅的に分析するものである。特筆すべきは、電子書籍(E-book)が当初の予測に反して市場を独占することなく停滞し、代わりに紙の書籍が収益の柱として残り続けている点、そして「オーディオブック」が第三の主要フォーマットとして爆発的な成長を遂げている現状である。また、価格決定権を巡る出版社とAmazonの法廷闘争(司法省対Apple事件)や、独立系書店の驚異的な復興、SNS(TikTok)によるバックリスト(既刊本)の再ヒット現象など、米国特有の市場力学を定量データに基づき詳述する。

2024年の米国出版産業の総売上は約325億ドルに達し、そのうち紙媒体は依然として50%以上のシェアを維持している。本稿では、なぜ米国では紙が生き残り、どのようにして「Amazon一強」の中で出版社や独立系書店が新たな生態系を構築したのか、そのメカニズムを解明する。

1. Amazon効果と流通革命:ディスラプションの歴史的文脈

1.1 「世界最大の書店」の衝撃とロングテール理論の検証

1995年7月、ジェフ・ベゾスがAmazon.comを開設した際、その最大の価値提案は「物理的な制約からの解放」であった。従来のブリック・アンド・モルタル(実店舗)型書店は、床面積の制限により数万から十数万タイトルの在庫しか持つことができなかったが、Amazonは一元管理された巨大倉庫とデータベースを連携させることで、事実上「すべての書籍」へのアクセスを可能にした。

2004年にクリス・アンダーソンが提唱した「ロングテール理論」は、このAmazonモデルを理論的に裏付けるものであった。実店舗では棚に置かれないような販売数の少ないニッチな書籍(テール部分)の総売上が、ベストセラー(ヘッド部分)に匹敵、あるいは凌駕するというこの理論は、出版流通の未来を示唆しているかに見えた。実際に、Erik Brynjolfssonらの研究によれば、2008年時点でAmazonの書籍売上の36.7%は、実店舗では入手困難なニッチな書籍によって占められており、消費者余剰(消費者が支払っても良いと思う価格と実際に支払った価格の差による利益)は2000年から2008年の間に5倍に増加したとされる 1。

しかし、2025年現在の視点から振り返ると、ロングテールは出版社のビジネスモデルを根本から覆すには至らなかった。確かにAmazon上では無数の書籍が販売されているが、収益構造はいまだに極端なパレート分布(あるいはそれ以上の偏り)を示している。数百万のセルフパブリッシング作品が存在する一方で、商業的な成功はごく一部の「メガヒット作品」に集中しており、皮肉にもデジタル化は「勝者総取り(Winner-takes-all)」の傾向を加速させた側面がある 2。

1.2 「ロスリーダー」戦略と実店舗チェーンの崩壊

Amazonが米国出版界に与えた最も破壊的な影響は、価格に対する消費者の認識を変容させたことである。Amazonは創業当初から、ベストセラーのハードカバー(定価25ドル〜30ドル)を40〜50%引きで販売する「ロスリーダー(おとり商品)」戦略を採用した。出版社から卸値(通常は定価の50%程度)で仕入れ、利益を度外視、あるいは赤字で販売することで顧客を獲得し、他の高利益商品やエコシステム全体での収益化を図ったのである 3。

この戦略は、定価販売を基本とする(あるいは小幅な割引しかできない)実店舗書店にとって壊滅的であった。特に、大規模な床面積と在庫を抱える大型書店チェーンは、価格競争力を失い、急速に経営が悪化した。その象徴的な出来事が、2011年のBorders Group(ボーダーズ)の破産と全店閉鎖である。当時全米第2位の書店チェーンであったBordersの消滅は、数百店舗を一挙に市場から消し去り、米国の書籍流通網に巨大な空白を生じさせた 4。Bordersの失敗は、Amazonへの対抗策として自社ECサイトの運営をAmazonに委託するという致命的な戦略ミスに加え、CDやDVD販売への過度な依存がデジタル配信の普及によって裏目に出たことにも起因する。

1.3 残存者利益とBarnes & Nobleの苦闘

Bordersの崩壊後、全米規模で展開する唯一の書店チェーンとなったBarnes & Noble(バーンズ・アンド・ノーブル)もまた、長らく苦境に立たされた。Amazonに対抗すべく電子書籍端末「Nook」を投入したが、Kindleの牙城を崩すことはできず、店舗はおもちゃや雑貨、カフェの売上で書籍の落ち込みを補う「雑貨店化」が進んだ。

しかし、2019年に英国の書店チェーンWaterstonesを再建したジェームズ・ダント(James Daunt)がCEOに就任して以降、潮目が変わった。ダントは中央集権的な仕入れシステムを廃止し、各店舗のマネージャーに地域特性に合わせた選書権限を委譲するという、実質的な「独立系書店化」戦略を採用した 5。この戦略は功を奏し、2024年には約60の新規店舗を開店するなど、長年の縮小傾向から拡大へと転じている。これは、Amazonの効率性に対抗する唯一の手段が、画一化されたチェーンオペレーションではなく、人間的な「キュレーション(選書)」であることを示唆している。

2. フォーマット戦争の定量的評価:紙媒体の強靭性と電子書籍の停滞

質問者様が指摘する日本の状況(紙の衰退と電子の勃興)と最も対照的なのが、米国のフォーマット別シェアの推移である。

2.1 2024年の市場規模とフォーマット別構成比

米国出版社協会(AAP)が発表した2024年の年次報告(StatShot Annual)によると、米国の出版産業全体の総売上は推定**325億ドル(約4兆8000億円)**に達し、前年比で4.1%の成長を記録した 6。

特筆すべきは、一般消費者向け(Trade)書籍におけるフォーマット別の売上構成比である。

フォーマット売上規模 (2024年)構成比 (Trade)前年比成長率5年間の成長率 (2019-2024)
紙媒体 (合計)約155億ドル約72.9%+3.4%安定成長
ハードカバー79億ドル37.2%+3.6%堅調
ペーパーバック78億ドル36.8%+3.2%堅調
デジタル (合計)約45億ドル約21.2%+11.8%オーディオ主導で成長
電子書籍 (E-book)21億ドル9.9%+1.5%停滞 (+2.0%)
デジタルオーディオ24億ドル11.3%+22.5%急成長 (+78.1%)

※ データソース:AAP StatShot Annual 2024 6

このデータから読み取れる事実は衝撃的である。AmazonのKindle登場から17年が経過した2024年においても、米国の一般書籍売上の7割以上が紙媒体によって生み出されている。電子書籍のシェアは売上ベースで約10%に過ぎず、過去5年間での成長率はわずか2.0%と、事実上の「停滞」状態にある。一方で、デジタルオーディオ(オーディオブック)が電子書籍の売上を上回り、デジタル部門の成長を牽引している。

2.2 電子書籍の「ハイプ・サイクル」と停滞の要因

2008年から2012年にかけて、米国の電子書籍市場は年率1200%を超える爆発的な成長を遂げ、「2015年までに紙書籍を駆逐する」という予測もなされた。しかし、2013年頃を境に成長は急減速し、その後は市場シェア20%前後(売上ベース)で頭打ちとなった(これを「E-book Plateau(電子書籍の高原)」と呼ぶ)。

なぜ米国では電子書籍が紙を置き換えなかったのか。

  1. スクリーン疲労(Digital Fatigue): スマートフォンやPCで常にデジタル画面に接している現代人が、読書という行為においては「オフライン」の体験を求めるようになった。
  2. 所有欲とアイデンティティ: 特にZ世代を中心とした若年層において、物理的な本棚をSNS(InstagramやTikTok)で共有することが自己表現の手段となり、装丁の美しいハードカバーの需要が高まった。
  3. 価格戦略の変更: 後述する「エージェンシーモデル」への移行により、電子書籍の価格が上昇し、ペーパーバックとの価格差が縮小したことで、電子版の経済的メリットが薄れた。

2.3 日本との決定的差異:マンガの有無

日本で電子書籍が市場の半分近くを占めるに至った最大の要因は「マンガ」の存在である。巻数が多く、保存場所を要し、視覚的な消費が主であるマンガは、電子媒体との親和性が極めて高い。一方、米国の出版市場(Trade)は依然として文字主体のフィクション・ノンフィクションが中心である。コミック・グラフィックノベル市場も成長しているが、日本ほどの支配力はなく、また米国のアメコミ読者は「収集」を目的として紙媒体を好む傾向も根強い。

3. 価格と流通の激変:独占禁止法とエージェンシーモデル

質問者様は「日本では書籍の価格が変わらない(再販制度)」と言及されたが、米国の書籍価格は極めて動的であり、その決定権を巡って国家レベルの法廷闘争が繰り広げられた。

3.1 9.99ドル問題と卸売りモデル(Wholesale Model)

Kindle発売当初、Amazonは電子書籍の価格を「9.99ドル」に設定した。これは、当時のハードカバー新刊(25ドル以上)と比較して破格の安さであった。Amazonは出版社から卸値(例えば15ドル)で仕入れ、それを9.99ドルで販売することで、1冊あたり約5ドルの赤字を出してでもKindleの普及と市場シェア獲得を優先した(ホールセールモデル)。

出版社はこの状況に戦慄した。消費者が「新刊書籍の価値は9.99ドルである」というアンカー価格(心理的な基準価格)を持ってしまえば、高収益商品であるハードカバーの市場が崩壊し、出版産業全体の収益構造が破綻すると考えたからである。

3.2 司法省対Apple事件(United States v. Apple Inc.)

2010年、iPadのローンチに合わせてAppleが電子書籍市場に参入する際、当時の「ビッグ6」出版社のうち5社(Hachette, HarperCollins, Macmillan, Penguin, Simon & Schuster)はAppleと共謀し、新たな価格モデルである「エージェンシーモデル」を導入した。

  • エージェンシーモデル(Agency Model): 出版社が小売価格(例:12.99ドル〜14.99ドル)を決定し、小売店(AppleやAmazon)は販売代理店として30%の手数料を受け取る。小売店による値引きは禁止される。

出版社はこのモデルをAmazonにも強要し、電子書籍の価格を一斉に引き上げた。これに対し、米国司法省(DOJ)は2012年、Appleと出版社5社をシャーマン法(独占禁止法)違反で提訴した。司法省の主張は「企業間が共謀して価格を吊り上げ、消費者の利益を損なった」というものであった。

3.3 判決と現在の価格構造

2013年、裁判所はAppleと出版社の共謀を認定し、有罪判決を下した 8。これにより、一時的に小売店による値引き(ディスカウント)が可能になる「クーリングオフ期間」が設けられた。

しかし、長期的には出版社側が実質的な勝利を収めたと言える。クーリングオフ期間終了後、各出版社はAmazonと個別に交渉し、再びエージェンシーモデルに近い契約(出版社が価格決定権を持つ契約)を締結することに成功したからである。
現在、米国の電子書籍(特に大手出版社の新刊)は12.99ドル〜14.99ドルで販売されており、Amazon上での割引されたペーパーバック(時にはハードカバーさえも)と価格差がほとんどない、あるいは電子版の方が高いという逆転現象さえ起きている 11。
この「高止まりした電子書籍価格」こそが、消費者を紙媒体に回帰させ、米国の書店と紙文化を守る防波堤(ファイアウォール)として機能している。これは、再販制度という法的規制ではなく、契約と市場交渉力によって価格維持が図られている点で日本とは大きく異なるメカニズムである。

4. 第三の革命:オーディオブックの爆発的普及

現在、米国出版界で最もホットなトピックは、紙でも電子でもなく「声」である。オーディオブックは、スマートフォンの普及とワイヤレスイヤホン、そしてマルチタスク型のライフスタイルを背景に急成長している。

4.1 定量的成長と市場規模

AAPのデータによれば、デジタルオーディオの売上は2019年から2024年の5年間で**78.1%**増加した 6。2024年の売上24億ドルは、電子書籍の21億ドルを上回っており、Trade市場におけるデジタル収益の過半を占めるに至っている。

4.2 プラットフォーム戦争:Audible vs. Spotify

長らく、Amazon傘下のAudibleが市場の支配的地位(シェア約63%)を占めてきたが、2023年末から音楽ストリーミング大手のSpotifyが本格参入し、市場構造が変化しつつある 13。

  • Spotifyの戦略: 有料会員(プレミアムユーザー)に対し、月間15時間のオーディオブック聴取権を追加料金なしで提供するバンドルモデルを採用。これにより、これまでオーディオブックを購入しなかった層(特に若年層)を一気に市場に取り込んだ。
  • 出版社への影響: Spotifyの参入により、新たな収益源(ロイヤリティ)が生まれた。大手出版社(HarperCollinsなど)は、Spotify経由での売上が2024年の第4四半期に13%の成長をもたらしたと報告している 14。

4.3 「読む」から「聴く」へのコンテンツ変化

オーディオブックの普及は、コンテンツの内容にも影響を与えている。回顧録(Memoir)や自己啓発書は、著者の肉声で語られることで付加価値が高まり、紙よりもオーディオ版が売れるケースが増えている(例:ブリトニー・スピアーズの回顧録など)。また、最初から音声化を前提とした「オーディオ・ファースト」の作品や、完全キャストによるドラマ形式の作品も増加している。

5. 出版社のビジネスモデル:寡占化とバックリスト依存

質問者様は「出版社は変わらず営業しています」と述べられたが、米国の出版社は生き残りのために激しい統廃合とビジネスモデルの転換を行った。

5.1 ビッグ6からビッグ5への集約

Amazonという巨大な買い手(Monopsony:買い手独占)に対抗するため、出版社は合併による規模の拡大を選んだ。

  • 2013年: ランダムハウスとペンギン・グループが合併し、世界最大の出版社「ペンギン・ランダムハウス(PRH)」が誕生。これにより大手出版社は6社から5社(ビッグ5)となった。
  • 2020-2022年: PRHによるサイモン&シュスター(S&S)の買収(22億ドル)が計画されたが、司法省が「作家への前払い金(アドバンス)の低下を招き、競争を阻害する」として提訴。2022年に連邦地裁が合併差し止めを命じた。
  • 2023年: 結局、S&Sは投資ファンドのKKRに16.2億ドルで売却された 15。

5.2 収益構造の変化:バックリストの王権

かつての出版ビジネスは、新刊のベストセラーに依存していたが、現在は「バックリスト(既刊本)」が収益の柱となっている。

  • データ: 2023年から2024年にかけて、米国の書籍販売の約**70%**がバックリストで占められた 16。
  • 要因: オンライン書店には「絶版」や「棚落ち」がない。アルゴリズムは発売日に関係なく、ユーザーの興味に合わせて数年前、数十年前の本を推奨する。特に後述するTikTokの影響により、数年前の既刊本が突如としてベストセラーになる現象が常態化している。
  • 経営への影響: バックリストは開発コスト(編集・校正など)が償却済みであるため、利益率が極めて高い。出版社はこの「資産」を運用するビジネスへと変貌している。

6. 小売の地形図:独立系書店の復興とコミュニティハブ化

Amazonに駆逐されると思われた独立系書店(Indie Bookstores)が、なぜV字回復したのか。これは米国出版流通における最も興味深い現象の一つである。

6.1 定量的復興

ABA(米国書店協会)の会員数は、2009年の底値(約1,400社)から、2024年には2,433社(2,844店舗)へと急回復した 5。パンデミック直後も、2024年だけで192店舗以上の新規出店が計画されるなど、その勢いは衰えていない。

6.2 「体験」としての書店

独立系書店の勝因は、Amazonとの差別化を徹底したことにある。

  • アンチ・アルゴリズム: Amazonの「この商品を買った人はこれも…」というアルゴリズム推奨に対し、書店員による人間的な「予期せぬ本との出会い(Serendipity)」を提供。
  • コミュニティハブ: カフェ、ワインバーの併設、著者イベント、読書会などを通じて、地域コミュニティの「サードプレイス(第三の居場所)」としての機能を強化した 6。
  • Shop Local運動: 消費者の間に「Amazonで安く買うこと」よりも「地元の店を支えること」に倫理的価値を見出す傾向が強まった。

6.3 Barnes & Nobleの変革

かつて独立系書店の敵であったチェーン店Barnes & Nobleも、現在は独立系書店のモデルを模倣している。ジェームズ・ダントCEOの下、本部一括の陳列指示を廃止し、各店舗が地域の好みに合わせて在庫を決める権限を与えた。これにより、返本率が劇的に低下し、店舗の魅力が増したことで業績が回復した。

7. コンテンツの民主化:セルフパブリッシングと作家収益

質問者様が「従来より多くの人々が書籍を出版するように」なったと感じている通り、米国ではセルフパブリッシング(自己出版)が巨大な産業となっている。

7.1 ISBN数の爆発的増加

Bowker社のデータによると、セルフパブリッシング書籍のISBN登録数は2010年から2015年の間に375%増加し、その後も年間数百万タイトルが発行されている 18。これにはISBNを取得せずにAmazon KDP(Kindle Direct Publishing)で直接販売される膨大な数の電子書籍が含まれていないため、実数はさらに巨大である。

7.2 作家収益の二極化と「中流」の崩壊

出版のハードルが下がった一方で、作家の収益環境は厳しさを増している。

  • 作家協会(Authors Guild)の調査: 米国の作家の収入中央値は過去10年で大幅に減少している。2022年の調査では、専業作家の書籍関連収入の中央値は約10,000ドル(執筆以外の活動を含めても20,000ドル)に過ぎず、連邦貧困線を下回っている 20。
  • セルフパブリッシングの逆転: 興味深いことに、Alliance of Independent Authorsの調査によると、セルフパブリッシング作家の年収中央値(約12,749ドル)は、伝統的な出版社の作家の中央値(約6,080ドル)を上回っている 21。これは、セルフパブリッシングのロイヤリティ率(Amazon KDPで最大70%)が、伝統的出版(紙で10-15%、電子で25%)よりも圧倒的に高いためである。
  • ハイブリッドモデル: 多くのプロ作家が、紙の本は出版社から出し(ブランディングと書店流通のため)、ジャンル小説や短編はセルフで出す(収益のため)という「ハイブリッド」戦略をとるようになっている。

8. 図書館とデジタルライセンス:所有権を巡る対立

米国では、公共図書館における電子書籍の貸出(E-Lending)が普及しているが、これは出版社と図書館の間の激しい対立の火種となっている。

8.1 ライセンスモデルの相違

消費者がAmazonで電子書籍を買う場合、それは(制限付きではあるが)永続的なアクセス権に近い。しかし、図書館に対して出版社は「所有権」を売らない。代わりに高額な「期限付きライセンス」を販売する。

  • 価格差: 消費者が15ドルで買える電子書籍が、図書館向けのライセンスでは40ドル〜60ドル以上する場合がある。
  • 利用制限(Metered Access): 主要出版社(Big 5)は、ライセンスに制限を設けている。例えば、HarperCollinsは「26回貸し出したらライセンス消滅(買い直し)」というモデルを導入した。他社も「2年間有効」などの期限を設けている 22。
  • 理由: 出版社は、電子書籍の貸出が容易すぎると(劣化せず、返却も自動)、消費者が本を買わなくなる「カニバリゼーション(共食い)」を恐れている。

8.2 Internet Archive訴訟

この対立が頂点に達したのが、Hachette v. Internet Archive訴訟である。Internet Archiveは、物理的な書籍をスキャンし、その物理本の所有数と同じ数だけデジタルで貸し出す「Controlled Digital Lending(CDL)」を行った。出版社側はこれを著作権侵害として提訴し、2023年に連邦地裁は出版社側の主張を認める判決を下した 24。これにより、デジタル空間における「図書館の権利」は大きく制限されることとなった。

9. マーケティングと発見のメカニズム:書評からアルゴリズムへ

かつて書籍の売上を左右したのは、New York Timesの書評や、朝のテレビ番組(Oprah’s Book Club)であった。しかし現在は、アルゴリズムとSNSがその役割を担っている。

9.1 #BookTok 現象

TikTok上の読書コミュニティ「BookTok」は、現在米国で最も強力なマーケティングエンジンである。

  • 影響力: 2024年の米国における紙書籍売上のうち、約5900万冊がBookTokに関連するものと推定されている 25。
  • 特性: 専門的な批評ではなく、読者の「感情的な反応(泣いた、叫んだ)」を動画で共有するスタイルが特徴。これにより、広告費をかけられないバックリスト作品や、コリーン・フーーバー(Colleen Hoover)のような恋愛小説作家が、出版から数年後に爆発的なベストセラーになる現象が起きている。
  • ジャンルへの影響: BookTokの影響で、「ロマンタジー(Romantasy)」(ロマンス+ファンタジー)という新ジャンルが確立され、サラ・J・マース(Sarah J. Maas)やレベッカ・ヤロス(Rebecca Yarros)などの作品が記録的な売上を叩き出している 26。

10. 日米比較と結論

以上の分析に基づき、質問者様の疑問に対する回答を総括する。

10.1 日米の主な相違点

項目米国 (United States)日本 (Japan)
書籍価格変動制(再販制度なし)。Amazon等によるダイナミックプライシングが一般的。電子書籍は出版社が価格維持(エージェンシーモデル)。固定制(再販制度あり)。基本的に定価販売。
フォーマット紙が主役(シェア70%超)。電子は停滞。オーディオが急伸。電子が急伸(特に漫画)。紙は長期下落傾向。
書店復興傾向。独立系書店が増加、チェーン店も地域密着へ転換。減少傾向。書店のない自治体が増加。
コンテンツ文字主体。フィクション、ノンフィクション、YA(ヤングアダルト)が中心。漫画主体。出版市場の大部分をコミックが牽引。
流通Amazon寡占(50%超)。取次機能の弱体化と直取引の増加。取次システム(日販・トーハン)による全国流通網が維持されているが疲弊。

10.2 結論:2025年の米国出版産業の現状

米国の出版産業は、Amazonという黒船によって一度は焦土と化しかけたが、そこから独自の適応を遂げた。

  1. 紙への回帰: デジタル一辺倒にはならず、紙の本を「プレミアムな体験」「収集対象」として再定義することに成功した。価格が高くても紙を買う消費者は多い。
  2. 多様な収益源: 電子書籍の停滞を、オーディオブックの成長や、映像化権ビジネス、バックリストの活用で補っている。
  3. コミュニティの価値: 実店舗書店は単なる「本を買う場所」から「本好きが集まる場所」へと業態を進化させ、Amazonにはできない価値を提供することで生き残った。

質問者様が感じている「書籍の種類の増加」や「専門性の深化」は、米国でも同様である。セルフパブリッシングの台頭により、出版社が扱わないニッチなジャンルも市場に出回るようになった。一方で、商業的な成功はアルゴリズムによって増幅される一部の作品に集中する傾向が強まっている。

総じて、現在の米国出版産業は、デジタル効率性とアナログ体験が高度に融合した「ハイブリッド市場」として成熟期を迎えていると言える。


参考文献一覧(文中引用ID):

1

引用文献

  1. Long tail – Wikipedia, 12月 8, 2025にアクセス、 https://en.wikipedia.org/wiki/Long_tail
  2. Indie authors earn ‘up to double’ the amount of those who are traditionally published – University of Glasgow, 12月 8, 2025にアクセス、 https://www.gla.ac.uk/news/archiveofnews/2023/june/headline_976310_en.html
  3. Why Some E-Books Cost More Than the Hardcover – Nathan Bransford, 12月 8, 2025にアクセス、 https://nathanbransford.com/blog/2011/03/why-some-e-books-cost-more-than
  4. The Rising Popularity of Brick-and-Mortar Bookstores: An Inside …, 12月 8, 2025にアクセス、 https://www.uschamber.com/co/good-company/launch-pad/modern-bookstore-revival
  5. Bookstores have turned a new page: 2025 is looking good – Empower, 12月 8, 2025にアクセス、 https://www.empower.com/the-currency/play/bookstores-new-page-news
  6. AAP StatShot Annual Report: Publishing Revenues Totaled $32.5 Billion for Calendar Year 2024, 12月 8, 2025にアクセス、 https://publishers.org/news/aap-statshot-annual-report-publishing-revenues-totaled-32-5-billion-for-calendar-year-2024/
  7. AAP’s Annual StatShot: US Revenues $32.5 Billion in 2024 – Publishing Perspectives, 12月 8, 2025にアクセス、 https://publishingperspectives.com/2025/08/association-of-american-publishers/
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